ぼっちと趣味

ぼっちであっても継続して続けている趣味がある人は幸せな人である。その趣味を通じて人と知り合っていくことができるし、もし人と知り合わなくても休日にはその趣味に没頭すればいいわけで、暇な休日を過ごすということ自体がなくなる。

じゃあぼっちはなんでもいいから継続できる趣味を作れよ、となるけど、そうは問屋が卸さない。ぼっちにとって相性の良い趣味と相性の悪い趣味があるのであ〜る。

そんなこと言ってるからぼっちやねん、って言われたらグゥの音も出ないので、そんなことは言わない(言わないで)。

じゃあ相性の良い趣味、悪い趣味って何よ、となる。まず相性の良い趣味から考えてみよう。

まずシンプルにぼっちでも問題なく継続できる趣味としてはカメラがある。カメラは相性が抜群だ。

基本的には撮影のために外に出る必要があるので、家にこもらなくなる。そしてカメラを持っていると公園などに居ても違和感がなくなる。撮影のためですよ、という免罪符を与えられる。ぼっち(おっさん)がカメラ無しに公園で一人佇んでいるとそれだけで事案になりかねないが、カメラを持っているとそんなことがなくなる。もちろん公園だけでなく、景色が綺麗な山や花がたくさん咲いている野原等々、撮影という大義名分があるだけで随分一人でいることが許される。

むしろぼっちが外出するときはアクセサリーとしてカメラを持っておけよ、ぐらいのアイテムである。

そしてカメラは仕事にも繋がりやすく、素人よりも上手というだけで意外と引き合いが多い。

そう言った意味からも人との繋がりはできやすい。もちろんひたすら孤独に写真を撮りためるだけでも良いが、コンテストなども多いため、純粋に自分の力を測れるところも趣味としては秀逸。これだけぼっちと相性の良い趣味も少ない。むしろぼっちのための趣味(偏見)。

他のぼっちに相性の良い趣味としては、美術館鑑賞がある。

その人がどう作品に向かいたいかにもよるけど、基本的に作品はずっと眺めていたい作品もあれば、すぐ離れたくなる作品もある。そしてその作品がどっちかというのは、まさに人それぞれ、感性の違いによるものである。

そのように人によって長時間眺めていたい作品かどうかが変わるのに、人と一緒に見ると少なからずストレスが発生する。相手のことに気を遣いもっと眺めていたい作品を途中でやめたり、流していきたい作品の前で長時間留まったり。

感性が完全に一致する人との美術館鑑賞なら良いかもしれないけど、まぁそんな人は滅多にいない。やはりどこかしら人と感性は異なるもの。

自分のペースで自分の好きなだけ自分の好きな作品を眺めることができる。これこそがぼっち道。ぼっちの真髄。

基本一箇所に留まらないから人の目が気にならないというのも相性がいい理由。

他に相性が良い趣味としては、釣りなどがある。

基本的に釣っている間は一人。もちろん誰かと一緒に話しながら釣りをするのが好きな人もいると思うけど、考え事などをするのであれば釣竿持ってボ〜ッと考えることができる。

これもカメラに通じる部分があるけど、釣竿持って釣りをしている間は傍目から見て、寂しい人だわ感が出ない。免罪符を持っている状態なのだ。

ぼっちが街中、自然を歩き回りたいのであればカメラを片手に、ひたすら屋外で考え事に没頭したいのであれば釣竿を片手に。ぼっちにとっての矛と盾みたいなものだ。両方持ったら最強やね。むしろ怪しいかもしれんけど。

最後の相性の良い趣味といえば、何と言っても食べ歩き。

もちろんこれは店による。ぼっち飯に相性の良い店と相性の悪い店があるので、あくまでもぼっち飯に相性の良い店を回る、もしくは鋼のメンタルを手に入れる、このどちらかが必要。

一番はやはり鋼のメンタルを持つことだろう。そうすることで選択肢は無限に広がる。ただ鋼のメンタルはなかなか手に入るものではない。特にぼっちにとっては。

では鋼のメンタルを持っていないとどうするか?

ぼっち飯に最適なお店をピックアップすることが必要。それさえしておけばあとは気軽に好きなものを好きな時に食べれば良いだけ。自分が欲しいものを欲しいだけ食べれるのだから、これはこれでぼっちならでは。

美味しいものはやっぱり人を幸せにするしね。

今回はぼっちと相性の良い趣味について紹介したけど、当然反対に相性の悪い趣味というのも存在する。その辺りはまたおいおい紹介していこう。

カメラを右手に釣竿左手に街中闊歩しよう。